書斎は犬と同居

子犬を新しく迎えて、我が家のペットは猫プラス犬になりました。

朝日新聞2017/2/27 思いのままにやればいい タレント ジミー大西さん
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記事のおおまかな内容
 ジミー大西さんの近況を教えてください、という読者からの要望に答えた記事。
・絵筆を折った理由。
 焼き鳥屋のアルバイト募集の張り紙を見たことが契機になった。
 「時給千円と書いてあって、僕の時給いくらなんやろ、と計算したら380円だった。それが、わかった瞬間、絵筆を全部折りました」
・バラエティー番組での最近の活躍について。
 「お笑いの新しい波についていくのがしんどい。でも年金もらうまでは食っていかないといけないんで」
・ゼロから絵を描きはじめて、数年でタレントをやめ、芸術の道へ進んだことについて。
 「自分ではただ瞬間、瞬間を生きてきただけ。先のことは全く考えなかった。先をみてたらコケますから」
・絵の再開について。
 「先のことはあまり考えていない。描く気分になったら描きたい。思いのまま生きてますから」

感想
 テレビ番組に出ているタレントさんに強い興味を持ったことはほとんどない。ジミー大西さんは私にとって不思議な存在だ。この人が出るからと、番組を選んだこともないし、好感を持ったこともない。それなのに、顔と名前が一致する。
 それは、この記事にあるような彼の生き方に惹かれるからだろう。私の若いころの価値観からすれば、最もダメな生き方だ。
 個性尊重、自分の人生だから自分の思うように、それは一部の才能ある人が実現できることで、みんながそうはできない。それが、現実の社会だ。今でもそう思う。
 ジミー大西は、特殊な才能を持った人であろう。しかし、成功している人とはいえない。成功していないし、安定もしていない。そして、彼自身が高い収入や安定した評価だけを追い求めているようには見えない。
 知っているのは、テレビや新聞記事で垣間見るジミー大西さんでしかない。しかし、こういう不器用さと不安定さを見せ続ける個性が、なぜか印象に残る。

朝日新聞記事2017/3/8リレーオピニオン 甘さと日本人13 糖質から逃れられない現代 宗田哲男
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記事のおおまかな内容
 現代人は甘い食べ物や飲み物をとりすぎています。甘さを容易に手に入れる時代は、せいぜいこの60年でしょう。この変化で、代謝回路に狂いが生じています。
 人間の代謝回路には、糖を分解するものと、脂肪を分解するものの二つがあります。縄文時代の日本人の食事内容はたんぱく質と脂肪が80%で、炭水化物が20%でした。ですから、代謝の主役は脂肪を分解する回路です。その後、農耕が始まり、炭水化物の摂取が増えましたが、人体はその変化にまだ対応できていません。糖を分解する回路が常にフル稼働すると、膵臓が疲れ果て、糖尿病を起こすともいえる。
 ちゃわん1杯のご飯の糖質は55g、角砂糖なら17個です。角砂糖17個は食べられませんが、ご飯一杯は楽に食べられるので、これは糖質のワナです。糖質は体には欠かせないエネルギー源ですが、糖質のとり方や適量については、医師の間でも様々意見があります。
 多くの人は甘い物には甘いですよね。その理由は、甘さには、中毒性があるからです。脳が甘さを感じると快感をもたらします。この快感に、中毒性があるからです。

感想
 糖質をとり過ぎている。甘いものをとり過ぎている。この2点は、盛んに言われているのでそうだろう、と思っていた。
 この産婦人科医の宗田哲男さんの文章は、新しいことを述べているわけでも自分の研究から導き出した研究成果でもなさそうだ。それなのに、印象に残る。
 人類の代謝回路に狂いが生じているという指摘が、そうかもしれないと思わせられる。それは、私よりも上の世代の人が健康なことと、その食事内容が今と比べると粗食であったことからも理解できる。
 また、甘さには、中毒性があるという意見も同意できる。疲れるほど体を使わなくとも、甘いものを食べるようになると、それなしではいられなくなる。私の場合は、入院中や、退院後の生活では、甘いものをとらないで過ごした。体調がよくなり、一度甘いものを口にすると、まさに中毒性があるということがよくわかる。
 妥当性は別としても、筆者の次のような意見もおもしろかった。
 「人類は糖質の多くを、植物由来の食べ物から得ます。(略)糖質をとりすぎてしまう原因は、(略)繁殖域を広げる植物の戦略に、動物がのせられてしまっているからではないでしょうか。」

 代謝回路に負担をかけないために、糖質、甘いもののとり方と適量を、見直してみることにした。

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これは、俺のもの。
だれにも渡さない。
これで、あそぶんだあ。
ちょっとは仲間に入れてもいいぞ。

自分の玩具があるのはいいもんだ。

玩具で遊びたい。
新しい玩具が欲しい。
そう思えるときに、元気を感じる。

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我が家のカレーライスは、味噌汁つき。
必ずつく。
サラダも。

カレーを食べても、消化できるようになってきた。


食べることが気になる。
食べるものが気になる。
食べてもなんでもないものは限られている。
そして、食べることがおもしろい。

手術で消化器官の一部を失ってから。
新たに、旨さを感じられるようになった。

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いよいよ大きいみかん類の季節。
今年の土佐ぶんたん、できがよい。

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これは、何ですか?
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食べれますかね?
食べてごらん。
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そうですか。
でも‥‥
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オトッサンが先に食べてみてください。

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朝日新聞2017/2/27コータリンは要介護5 路地の記憶ボクの世界に 神足裕司(こうたりゆうじ)

記事のおおまかな内容
 
筆者が生まれた家は、古本屋や喫茶店、雑貨店など小さな商店が並ぶ路地にあった。古本屋には、幼いころから入り浸っていた。古本屋のお兄さんは、ボクを可愛がってくれ、そのお兄さんと本棚がボクの知識の源だった。お兄さんは、「世界は本に書いてある世界より千倍広い」ということも教えてくれた。今でも、その路地を中心に、ボクの世界は回っている。

感想
 
私もこの筆者と同じような思い出をもつ。幼いころには、駄菓子屋や古本屋が探検しつくせない世界だった。小学生くらいになると、バスで出かけていく百貨店や食堂は、非日常の世界だった。高校生になると、緊張してビルにある本屋や喫茶店に入った。
 不思議なもので、それ以降は世間の流れに沿っていくだけで、スーパーマーケットやコンビニエンスストアには、特別な思い入れがない。
 ブログの名前に、本屋や喫茶店や写真館が出てくるのは、その影響だと思う。

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カミさんが作った。
パイ皮は、できあいだ。
でも、家で作ると、リンゴと砂糖と卵とバターの味がする。
洋菓子屋で売られているアップルパイは、いろいろな匂いと味がする。
アップルパイは、どんなものでもご馳走だ。

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子猫のときの画像を何度も見る。
ずいぶんと今とは違う。
でも、同じところは同じ。

今は、それぞれに病気があり、太ってもいる。

猫と犬、人よりもずっと短い生涯を過ごす。
そういう生き物と暮らすことは、人に何かを与える。

記憶の中に、何匹かの犬と猫の生まれてから死ぬまでが残っている。

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猫の朝はけっこう早い。
のびをし、あくびをする。
着替えをしたり、パジャマを脱いだりはしない。
カレンダーや予定表を見たりもしない。
でも、今日の私とカミさんの予定は知っている。

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※文章と画像は関係ありません。

またブログの名前を変えた。
今までのは、しっくりとこない。
名前というよりも、このブログで何を表したいのかがはっきりとしないのだ。
でも、何かは表現したい。
訪問してくださる方には迷惑と思うが、目にしてくださる方がいると励みになる。

「夜の雨が庭に浸み込む」っていうの、けっこう気に入っていた。
でも、長くて、人に教える時に自分でもちゃんと思い出せなかったりした。
短くて覚えやすいのと思って、「雨あがり」にした。
「雨あがり」は、いくつかのブログと重なった。
それで、猫と花の画像が多いので、「アビシニアンとクリスマスローズ」にした。
でも、何だかしっくりこない。

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※文章と画像は関係ありません。

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